むらさき色の富士-富士陽光ホテルから

僕は温泉が好きだ。

今日は富士陽光ホテルで、温泉をいただく事にした。聞く話によると、これだけ綺麗に富士山を見ながら温泉に入れる施設は他にないらしい。

フロントのコンシェルジュは、いかにもキャリアウーマンぽく笑みを浮かべながら宿泊の説明をしてくれた。きっと仕事ができる女性なんだろう。説明によどみがなく、部屋の案内や、お風呂の事など自分が知りたいと思う事を順序良く教えてくれた。

部屋に備え付けのタオルを手に取り、いざ万天の湯へ。

万天の湯は、宿泊するホテルとは別館の中にあった。長い廊下を抜けて男湯のマークがある。

のれんをくぐると、改装したてなのか、壁から、ロッカーから、椅子、すべてにわたってくすむ事無く新品の匂いを醸し出していた。備え付けのエアコンはつけていないようだったが、高地にあるからか脱衣場は少しひんやりしていた。

浴室に入る引き戸を開ける。時間は午後6時くらい。まだ辺りは明るい。確かに、、、コンシェルジュが教えてくれた通り、大きなガラス越しに薄紫の雲をたなびかせた富士の頭が見える。

浴室に入ると、温泉特有の心地よい熱気と湿気に包まれる。備え付けの洗面器で、かけ湯する。少し温めのお湯に静かにゆっくりとつかる。

泉質は、ナトリウム・カルシウム 硫酸塩温泉と書かれているから美肌効果がある。適応症にはいろいろ書いてあるが、僕が一番興味があるのは、疲労回復だ。足を延ばしてゆっくりと入る温泉は心地よく、体の芯から温まる。

露天風呂に移動する。

露天風呂に出ると、檜の香りだ。浴槽には檜が使われており、広くはないが風情を感じる作りになっている。外の風を感じながら、真正面に富士山を見てお湯につかれるなんて、これ以上のシチュエーションがあるだろうか。

お風呂の中でゆっくりと時間を過ごす。

聞こえるのは

浴槽から溢れ出るお湯の音

絶え間なく続く鈴虫の音色

つげの葉が擦れ合う風の音

日常の喧騒から離れ、ゆっくりと考えをめぐらせながら、結局は仕事の事を考えたりするのだがいつもとは違う感覚で、うまくいきそうなアイディアが、ふと浮かぶ。本当に温泉っていいなぁって思う。

体が温まり、熱くなり、これ以上我慢できないっていうくらいになったら、露天備え付けのベンチ座る。十二分にほてった体には、山の中の涼風がこの上なく気持ちいい。からだが冷えきるまでぼーっとしているような、日頃ゆっくりと考えられないような事を考えているような、そんな面持ちで極上の時間を過ごす。寒くなってきたらまた熱いお湯の中に入る。

冷めきった体に、ほんわり暖かい温泉の効能が浸透し、染みわたってくるこの感じがたまらない。

それを繰り返していくうちに、段々と辺りは紫色が濃くなり、富士山がより一層魅力的に見える。紫色は赤色の情熱と青色の冷静さの2つの相反する性質を持つつかみどころのない高貴な色。

あたりは段々と暗くなり、色の華やかさが薄れ、紫がより一層映える。先ほどから変わっていないはずの周囲の状況が、暗くなるにつれ、水の音、虫の音色、風の音がよりはっきりと研ぎ澄まされるように耳に入ってくるようになった。

「あれは沼津の夜景ですか?」

富士のふもとに明かりがつきはじめた。写真にうまく写らないので、たまたま浴室の整理に来たスタッフさんにお願いして電気を消してもらうと、眼前には幻想的な光景が浮かびあがった。

富士の山肌にも明かりがつき始め、まだ登山客がいるのかなと思った。

きっとこのまま眺めていたら満天の星空ともお付き合いができそうなのだが、残念ながら時間だ。名残惜しい想いを残して体を洗う。

僕より後に入ってきた白髪の紳士風のオジサンは、寝風呂につかりながら、鼻歌を歌い、伸ばした足を湯船から出したりつけたりしている。相当気持ちがいいのだろう。

時間がないので、そそくさと体を洗い、ない時間の中でもう少しだけと、露天風呂につかる。

体を拭いて、下着をつける。備え付けのドライヤーで髪を乾かす。

温泉に芯まで温められた体は、冷めてしまう事を忘れたようにいつまでもまったりとした余韻を味合わせてくれる。きっと今夜のビールは美味しいだろう。